第2回殿堂入り(平成9年度)

ミスワカナ・玉松一郎漫才師

ミスワカナ 明治43年(1910)~昭和21年(1946)享年36
玉松一郎(タママツ イチロウ)明治39年(1906)~昭和38年(1963)享年57

昭和期の漫才師。
エンタツ・アチャコの「しゃべくり漫才」が男性コンビの手本とすれば、男女コンビの見本はワカナ・一郎の「しゃべくり」と楽器を使った「歌謡漫才」であった。
ワカナは14歳で二代目河内家芳春門下となり、河内家小芳を名乗る。昭和初年、千日前楽天地の小屋に出演中、無声映画の楽士であった玉松一郎と恋愛。事情あって別れるも数年後に再会。大阪~広島~外地へと逃避行の後、帰国。九州方面に旅興行を続けながら昭和11年ころ大阪に帰り、吉本興業の専属となった。
一郎は、無声映画のチェロ楽士出身。ミスワカナ(当時、河内家小芳)と親しくなり、一度は別れたが再会。大阪から広島へ、そこがワカナ・一郎のコンビ初舞台となり、旅から旅へ。
その後、大阪に戻り、一郎はピアノ、アコーディオンを持ち、吉本の檜舞台に立った。
漫才としては初めてアコーディオンを持った一郎の舞台も珍しければ、ワカナのイブニング姿に客は沸きに沸いた。
女性上位で立て板に水としゃべり続けるワカナ。一郎はアコーディオンをかかえて一言二言相槌を打ちながら歌の伴奏もするという漫才であったが、一郎のウケのうまさには定評があった。