第2回殿堂入り(平成9年度)

中田ダイマル・中田ラケット漫才師

中田ダイマル(ナカタ ダイマル)大正2年(1913)~昭和57年(1982)享年69
中田ラケット(ナカタ ラケット)大正9年(1920)~平成9年(1997) 享年76

昭和期の漫才師。
戦前の漫才界でエンタツ・アチャコ、ワカナ・一郎がスターであれば、戦後、突如出現し、一躍脚光を浴びたのがダイマル・ラケットのコンビであった。
ダイマルは師匠なしで兄とともに松王・梅王の名でコンビを組んだ。後にデパート・ダイマルと改名。兄デパートの没後、弟のラケットとコンビを組み旅廻りを続けた。
「拳闘漫才」で頭角をあらわし、戦後、戎橋松竹の舞台にデビュー。
本格的な「しゃべくり漫才」の真価を発揮し、民間放送の誕生とともに「お笑い街頭録音」の司会者として活躍。
「ナンジャトテ」「知ランカットッテン」「キイテミテミ」などの新語を氾濫させた。
本芸の漫才においても、「僕は幽霊」ほか数々の傑作を生み出し、爆笑王の異名をとるなど、関西を代表する名コンビとなり、ラジオ、テレビ、演劇にも活躍した。
ラケットの受けは日本一といわれ、兄ダイマルのボケ役を巧みにさばく絶妙のしゃべくりで兄弟コンビとして人気を博した。