第1回殿堂入り(平成8年度)

二代目 旭堂南陵(キョクドウ ナンリョウ)講談師

明治10年(1877)~昭和40年(1965)享年88

明治後期から昭和期に活躍。大阪市の生まれ。
明治27年、18歳で来阪中の四代目正流斉南窓(東京)の弟子となり、鶴窓と名乗る。
その後、初代旭堂南陵に入門し、南花となる。
21歳で上京し、三代目神田伯龍一門で修業。龍生、小伯龍を名乗る。
24歳で帰阪し、旭堂小南陵から明治39年、二代目旭堂南陵を襲名した。
堂々たる風格をもって修羅場に至れば、音吐朗々と語る芸風で「難波戦記」「太閤記」などを得意とした。
昭和期、衰退の上方講談を支え、新聞の連続講談、ラジオ出演と孤塁を守り、死去の前々日、大阪ロイヤルホテルでの「羽柴筑前守」が最後の高座となった。
現三代目旭堂南陵の父。