第1回殿堂入り(平成8年度)

五代目 笑福亭松鶴(ショウフクテイ ショカク)落語家

明治17年(1884)~昭和25年(1950)
享年66

明治後期から昭和期に活躍。大阪市の生まれ。六代目松鶴の父。
16歳の頃より素人連に加わり、噺家を続ける。
明治37年、初代笑福亭枝鶴(四代目松鶴)に入門し、光鶴を名乗る。
大正7年、二代目枝鶴を襲名。
吉本興行部の人気者となり、この時代春団治、花橘と並んでSPレコードを大量に吹き込んだ。
昭和10年、五代目松鶴を襲名するも、漫才に押されて衰え行く落語への危機感から、昭和11年、私財を投じて、「上方はなし」を発刊、翌年吉本を脱し、自宅を「楽語荘」と名付けて同人を募り、「上方はなしを聴く会」を催すとともに、戦時下資材不足の中「上方はなし」49集を刊行。
他方、工場慰問の落語会などを催した。戦後は焦土の中、昭和22年四ツ橋文楽座で落語会を開き成功。それを契機として、同年9月の戎橋松竹の開館にまでこぎつけた。
その生涯は上方落語の保存と復興のために捧げ、その伝統を後世に伝えた。