第4回殿堂入り(平成11年度)

松葉家奴・二代目松葉家喜久奴漫才師

松葉家奴(マツバヤ ヤッコ) 明治29年(1896)~昭和45年(1970) 享年74
二代目 松葉家喜久奴(マツバヤ キクヤッコ) 明治38年(1905)~没年不詳

大正・昭和期の漫才師。
戦前より上方漫才界の大看板として古参株のトップにあった。
松葉家奴は、京都・西陣の帯問屋の息子に生まれ、芸事の道楽が嵩じて、芸界に入り、軽口にわかに始まって、踊り、節劇、新派を経て漫才に転じた。
相方も初代、二代喜久奴等と変えた。
二代目喜久奴は、女道楽出身で戦後、昭和27年にコンビを組んだ。
奴の舞台は独特のもので、派手な着物、背中に「火の用心」の文字を染め抜いた羽織と、どこまでも奇抜なこしらえであった。相方が三味線を持ち、奴は当り鉦をもって、話の間に鉦をチンと入れて笑いを誘う趣向であり、十八番の「魚釣り」は、相方の端唄「夕暮れ」に合わせて、魚釣りのパントマイムを演じる芸であるが、その途中で手拭いを小道具にしての立小便の仕草などで笑いをとりながら、濡れた足袋を釣り、竿の先に引っ掛けて帰って行く様子で不漁を、また端唄で夕暮れの哀愁を表現するなど、まさに至芸といえる舞台であった。
一面、漫才界きっての奇人として知られ、そのエピソードも数多い。