第3回殿堂入り(平成10年度)

梅中軒鶯童(バイチュウケン オウドウ)浪曲師

明治35年(1902)~昭和59年(1984)享年82

大正・昭和期の浪曲師。京都市の生まれ。
神戸で育つ。10歳のとき神戸の相生座で梅中軒鶯童と名乗り初舞台。
その後、京阪神をはじめ、全国を巡業。これといった師匠にもつかず風雪流転のうちに独自の鶯童節を確立し、昭和10年代には、寿々木米若、広沢虎造などと肩を並べる大看板となり、味と情緒のある節調で劇場、ラジオ、レコード界に活躍し、名人・上手の称賛を得た。
「紀之国屋文左衛門」「藤堂高虎」などを得意とした。
浪花節の呼び名を浪曲と変えた初めての人ともいわれ、晩年の著書「浪曲旅芸人」は、明治、大正、昭和の浪曲史を語る上で貴重なものである。