第2回殿堂入り(平成9年度)

花月亭九里丸(カゲツテイ クリマル)漫談家

明治24年(1891)~昭和37年(1962)享年71

大正・昭和期の漫談家。大阪市の生まれ。
はじめ、三升小紋の門に入り、三升小鍋と名乗る。父が丹波家九里丸という「東西屋」(現在の広告会社)であったが、大正中頃、父の死去により九里丸を継ぎ、吉本興行の吉本泰三の勧めで亭号を花月亭と名乗った。
早口で舌がまわりかね挽き臼と言われたが、その独特の話術で本職の漫談のほか、もっぱら珍芸家として、紙芝居、宮島琵琶など工夫を凝らした高座を勤めた。
また、演芸界の裏方としても活躍し、司会、口上、舞台外の祝儀・不祝儀には欠くことのできない名物男として知られ、戦後、戎橋松竹の開場に当たっては、その一切の運営を担当し、上方演芸の復興に尽力した。
昭和35年「寄席楽屋事典」、翌36年「笑根系図」を著し、上方演芸を研究する上で貴重な資料を後世に伝えている。